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大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)1520号 判決

控訴人(被告) 株式会社豊和 外一名

被控訴人(原告) 株式会社ゴール

原審 大阪地方昭和五四年(ワ)第四二〇三号(昭和五七年七月二三日判決、一四巻二号五四五頁参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求める判決

控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

被控訴人

主文同旨。

二  当事者の主張

次のとおり付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決一五枚目裏一一行目(編注、一四巻二号五五六頁一行目)の「てなり」を「ており」と、一六枚目裏六行目(同上、五五六頁一二行目)の「ネタクを」を「ネクタ」と改める)。

(控訴人ら)

1  特許庁審判官は昭和五七年五月七日ごろ控訴人ら及び被控訴人に対し本件実用新案登録の無効理由通知書を送付した。

従つて、本件実用新案登録は、近い将来同審判官から無効審判を受ける見込みのものであり、実質上無効もしくはこれと同旨すべき権利である。被控訴人がそのような形骸だけの権利に基づいてなした本件差止請求の行使は、権利の濫用並びに信義則違反であり、許されない。

2  本件実用新案登録出願前、次の公知文献が存在していた。

(一) 米国特許第二一七九二〇六号明細書(以下公知文献(一)という)

(二) 実公知昭四六―三一七八〇号公報(以下公知文献(二)という)

(三) 実開昭四八―六九二六八号公報(以下公知文献(三)という)

右公知文献(一)には「弾機を介して常に開放方向に強制的に附勢され、かつ窓側に紐取付具として腕11を、枠側には紐張架装置としてのプーリー13をそれぞれ適宜取着した窓。」の記載があり、右記載により、本件考案の構成要件(一)である「緊急時係止が解かれて一斉開放する排煙連窓1…………に於いて」が出願前において既に公知であつた。

また、右公知文献(二)には「各蓋側にワイヤー掛架装置を、枠側にはワイヤー張架装置を適宜取着し、一端を固着したワイヤーをワイヤー張架装置を介して、それぞれのワイヤー掛架装置に連続的に張架すると共に同ワイヤーの他端にワイヤー巻取機を設けた連続蓋開閉装置。」の記載があり、右記載により、本件考案の構成要件(二)である「各窓1側にワイヤー掛架装置2を、枠3側にはワイヤー張架装置4、4をそれぞれ適宜取着し、」同構成要件(三)である「一端を固着したワイヤー5をワイヤー張架装置4…………4を介してそれぞれのワイヤー掛架装置2…………2に連続的に張架すると共に、」及び同構成要件(四)である「同ワイヤーの他端にワイヤーの巻取機6を設けて成る」が、いずれも出願前に既に公知であつたことが明白である。

また、右公知文献(三)には「弾機を介して常に開放方向に強制的に附勢され、かつ緊急時係止が解かれて開放する排煙扉。」の記載があり、右記載により、本件考案の構成要件(一)である「緊急時係止が解かれて一斉開放する排煙連窓1…………1に於いて」が出願前に既に公知であつたことが明らかである。

更に、本件考案は、前記(一)ないし(三)の公知文献に記載されていると認められる事項及び原判決引用部分にかかる控訴人ら主張の公知技術〈2〉ないし〈4〉を適用することによつて当業者が必要に応じてきわめて容易になしうる程度のもの、すなわち、本件考案は、出願前公知の技術を単に寄せ集めただけであり、新規な効果を全く有していないものであるから、実用新案法三条二項に違反し、無効である。

3  イ号、ロ号物件が本件実用新案権を侵害しないものであることは次の点からも明らかである。

(一) 原判決は、二四枚目裏一行目から七行目まで(同上、五六一頁一七行目から五六二頁二行目まで)に「公知技術〈2〉のうち閉鎖機構のみの装置は動作不能のものといわざるを得ない」としたうえ、開放、閉鎖の両機構が一体となつて連窓の開閉動作を行う公知技術〈2〉の閉鎖機構は、本件考案の構成要件(二)ないし(四)を充足しないと説示している。

この点について、イ号、ロ号物件を見るとき、両者ともに開放用のワイヤーと閉鎖用のワイヤーが一本であり、開放動作との関係を切り放し、閉鎖用としてのみ使用した場合は動作不能となる。

そうすると、原判決どおり、公知技術〈2〉が本件考案の構成要件を充足しないとするのであれば、閉鎖用ワイヤーだけでは動作しないイ号、ロ号物件も、本件考案の構成要件を充足しないものと考えるのが至当である。

(二) 被控訴人は、前2記載の理由書(甲第八号証)において「本件考案は人間の居住する家屋における排煙連窓に係るものであり」と述べて、本件考案の技術的範囲を人間の居住する家屋に限定しているところ、イ号、ロ号物件は人間の居住する家屋以外の所に実施するものである。

(三) 本件考案の排煙連窓は「係止が解かれて一斉解放する」もの、すなわち、各窓に取付けられている錠装置13が窓開放用のワイヤーとは別個の伝導ワイヤー14の引張りによつて解錠され自動的に開放されるものであるのに対し、イ号、ロ号物件の排煙連窓は一本のワイヤーをゆるめることにより一斉開放するものであつて、本件考案の右構成要件を具備しない。

(四) 本件考案のワイヤー掛架装置は窓に直接取着したものであるのに対し、イ号、ロ号物件の滑車は中間部材を介して取付けているから、本件考案の技術的範囲外のものである。

(被控訴人)

1  前記1の事実中、控訴人ら主張の日に特許庁審判官から被控訴人に対し控訴人ら主張の無効理由通知書の送達があつた点は認めるが、その余の点は争う。

本件実用新案権については、未だ登録無効の審判がなされていないし、万一、無効審判がなされた場合、被控訴人は無効理由に承服し難いので、審判取消の訴えを提起する所存である。

2  前記2の事実中控訴人ら主張の文献が公知文献であるとの点及び本件考案が単なる集合であるとの点は争う。

3  前記3の事実はいずれも争う。

三  証拠〈省略〉

理由

一  当裁判所も被控訴人の本件実用新案権侵害差止等請求はすべて正当として認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  (本件請求が権利濫用、信義則違反に当るとの控訴人らの主張について)

被控訴人が昭和五七年五月七日ごろ特許庁審判官から本件実用新案登録の無効理由通知書の送達を受けたことは当事者間に争いがない。

特許庁審判官の右無効理由通知書は、実用新案法四一条が準用する特許法一六四条一項の規定に基づきなされたものであるところ、当審最終口頭弁論期日(昭和五八年九月一日)現在においても、未だ本件実用新案登録につき、無効審決がなされ、かつそれが確定したとの証拠はない。

実用新案登録につき無効審判の請求がなされ、特許庁審判官が前記法条に基づき当該登録の無効理由通知をしても、右無効理由通知は、合議体としての審判官がする最終的な判断である審決とは異なり、自縛性がなく、当事者の意見の聴取などによつて爾後も自由にこれを撤回し、その内容を変更できるものである。そして、右実用新案登録につき無効の審決がなされても、それが確定するまでは、行政処分の公定力上、当該登録は有効なものとして存在するものであるから(実用新案法四一条の準用する特許法一二五条の反対解釈からもそのことは明らかである)、本件実用新案登録につき未だ無効の審決がなされもせず、かつその確定もしていない本件において、被控訴人が本件実用新案権侵害差止等請求をすることは、なんら権利の濫用にわたらず、信義則に違反するものではない。よつて、この点の控訴人らの主張は理由がない。

2  (公知文献等の存在並びに実用新案法三条二項により本件実用新案登録が無効であるとの控訴人らの主張について)

引用部分の原判決説示(同二〇枚目裏一二行目から同二一枚目表一一行目まで(編注、一四巻二号五五九頁五行目から一一行目まで))のとおり、本件考案は、各構成要件を一定の技術思想のもとに不可分有機的に一体として結びつけた創作であり、この場合各構成要件の個々について出願前各公知技術が存在していたとしても、控訴人ら主張の限定解釈をすることは許されないものと解するのが相当である。

右観点のもとに控訴人らの主張する公知文献について検討する。

(一)  公知文献(一)について

控訴人らは、右文献には「弾機を介して常に開放方向に強制的に附勢され、かつ窓側に紐取付具として腕11を、枠側には紐張架装置としてのブーリー13をそれぞれ適宜取着した窓」の記載があると主張する。

なるほど、成立に争いのない乙第九号証の五、六、第一一号証に徴すれば、右文献の明り取り窓の操作等発明に関する作用効果の説明から右記事を看取できないわけではない。

しかし、右乙第九号証の五、第一一号証と原判決引用部分の甲第二号証とを比較対照すれば、(1) 右文献は、一個の明り取り窓の施錠と開放手段の改良に関する発明事項が記載されているのであつて、その記事には、本件考案のような、火災等の緊急時に係止が解かれて一斉に開放する排煙連窓のことは示されていないし、それを示唆する箇所もないこと、(2) 右文献に表われた明り取り窓操作等に関する発明の作用効果と本件考案の作用効果とは著しく異なること(たとえば、控訴人ら主張の記載についていえば、本件考案における窓側のワイヤー掛架装置は連続的で、かつ動滑車の機能を有するが、右文献における、窓に取着した腕11は、ワイヤーの一端を窓に固着する部材にとどまり、動滑車の働きは全くなく、また、連続的に設けられた復帰装置ではない)、(3) 控訴人ら主張の右記事は、右のように著しく作用効果を異にする両者から数少ない共通部分(弾機の介在、枠側のワイヤー装置)を抽象的(具体的には全く一致しない)に抽出したうえ、それを本件考案の構成要件(一)の一部まで止揚させたに過ぎないものであることが認められるから、右記事をもつて、本件考案の構成要件(一)が公知であつたとすることができない。

(二)  公知文献(二)について

成立に争いのない乙第九号証の四によれば、右文献から控訴人ら主張の記事を看取することができる。

しかし、右記事に表われた物品の構造が本件考案の構成要件(二)ないし(四)と一部符合していたとしても、右乙第九号証の四と前記甲第二号証とを比較対照すれば(1) 右文献に示された実用新案公告は本件考案の排煙連窓とは異なる船舶の艙口蓋開閉装置に関するものであること、(2) 右文献の考案は、索を巻取ることによつて艙口の連蓋を順次上方に回動して艙口を開放し、索を巻戻すことによつて蓋の自重により閉鎖するもので、索の巻取り、巻戻しと連蓋の開閉との相互関係は本件考案と逆作用をなしているなど作用効果が異なり、前記記事は両者の共通部分を断片的に抽出したに過ぎないことが認められ、右各事実によれば、右文献の記事は本件考案の構成要件(二)ないし(四)の一部を充足するにとどまり、右文献から本件考案の技術的思想を導き出すことは甚だ困難であつて、前記記事をもつて、本件考案の構成要件(二)ないし(四)が公知であったとすることはできない。

(三)  公知文献(三)について

なるほど、成立に争いのない乙第一二号証の二によれば、右文献から控訴人ら主張の記事を窺い知ることができるが、同号証と前記甲第二号証とを比較対照した場合、(1) 右文献に示された実用新案は一個の壁面取付用排煙装置の扉開閉機構に関するものであって、本件考案のような一斉開放する排煙連窓を示すものでないこと、(2) 従って、両者は物品の構成、組合せ、特に多数の連窓を接続する紐がないなど著しく相違していることが認められ、それによれば、文献(二)と同様、右文献(三)からは本件考案の技術的思想を導き出すことは甚だ困難であり、控訴人ら主張の右記事をもって、本件考案の構成要件(一)が公知であったとすることはできない。

更に、控訴人らは、本件実用新案登録は実用新案法三条二項に違反し無効であると主張する。

しかし、本件考案は一斉開放された排煙連窓を一斉に閉鎖させることができる排煙連窓の復帰装置に関するものであって、前記甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、本件考案の構成は、本件実用新案登録前、当事者が前記公知文献(一)ないし(三)、引用の原判決認定の公知技術〈2〉、〈3〉(なお、公知技術〈4〉と前記公知文献(二)とは同一のものである)に基づいても、きわめて容易に考案することができるものでないと認められるから(従って、単なる公知技術の寄せ集めではない)、本件実用新案登録は実用新案法三条二項に違反するものではないというべきである。

3  (イ号、ロ号物件が本件実用新案権を侵害しないとの控訴人らの当審における付加主張について)

(一)  公知技術〈2〉のうち、閉鎖機構のみの装置が動作不能ならば、イ号、ロ号物件も右同様であるとの点について

しかし、引用部分の乙第二号証の一によれば、公知技術〈2〉においては、窓には常に開放操作力が作用していないから、原判決説示(同二三枚目裏六行目から二四枚目裏二行目まで(同上、五六一頁六行目から一七行目まで))のとおり、一本のワイヤーaでは窓を開放することができず、窓を開放するには他の別個のワイヤーeを要することが認められ、従って、公知技術〈2〉の場合、閉鎖用ロープaだけでは、結局、開放動作が不能のものとなるのである。

これに対し、前記甲第二号証によれば、本件考案は、窓には常に開放操作力が作用しており、一本のワイヤーで、連窓の開閉動作を行うことができるものであることが認められるから、引用の原判決説示のとおり、公知技術〈2〉は本件考案の構成要件(二)ないし(四)を充足しないことが明らかである。

そして、引用部分掲記の甲第七号証によれば、イ号、ロ号物件も、本件考案と同様一本のワイヤーで連窓の開閉動作を行うことができる構造となっていることが認められるから、イ号、ロ号物件は本件実用新案権侵害の対象となるものである。

(二)  本件考案は人間の居住する家屋における排煙連窓に係るものと限定しているとの点について

しかし、前記甲第二号証によれば、本件考案の技術的範囲は右のように限定されているものでないことが明らかである。

もっとも、成立に争いのない甲第八号証によれば、被控訴人は、昭和五七年七月三日特許庁審判長に対してなした意見書(前1記載の無効理由通知書にかかるもの)中において、右のように述べていることが認められるが、その陳述は前記無効理由通知に対する意見の機会になされたものであり、しかも、右陳述の人間の居住する家屋というのは一般住宅を指すのではなく、本件考案の排煙連窓装置に照らし、建築基準法三五条関係の別表、あるいは消防法一七条等にそれぞれ掲記する映画館、公会堂、病院、ホテル、学校、百貨店、工場などを含むものであると解するのが相当である。

そうすると、本件実用新案権の技術的範囲を一般住宅を対象としたかのように狭く限定し、これを前提にイ号、ロ号物件が本件実用新案権を侵害しないとする控訴人らの前記主張は採用できない。

(三)  本件考案の排煙連窓は、窓開放用のワイヤーとは別個の伝導ワイヤーの引張によって開放されるものであるとの点について

しかし、前記甲第二号証によれば、窓の閉鎖時巻取機6に巻き取られていた一本のワイヤー5は、開放時繰り出されるものであり、本件考案中の伝導ワイヤー14は解錠用のものであつて、前記一本のワイヤー5とは異なること、すなわち、右伝導ワイヤー14によって窓が解錠されると、窓の開放力によって前記ワイヤー5が繰り出されて窓が開くものであること、そして、本件考案では前記ワイヤー5によって排煙連窓が一斉に開放、閉鎖されるところに技術的特徴があり、伝導ワイヤーによる解錠部分は技術的範囲に入っていないことが認められる。

一方、前記甲第七号証によれば、イ号、ロ号物件とも本件考案と同様に一本のワイヤーをゆるめ、又は巻取ることによって排煙連窓が一斉に開放、閉鎖される構成になっていることが認められるから、イ号、ロ号物件は、開放にあたり伝導ワイヤーによる解錠の仕組となっていなくても、本件考案の重要なる構成部分において一致しているから、本件実用新案権侵害の対象となるものというべきである。

(四)  イ号、ロ号物件の滑車は中間部材を介して取付けられているとの点について

前記甲第七号証によれば、イ号、ロ号物件の滑車の取付位置は控訴人ら主張のとおりであることが認められるが、前記甲第二号証によれば、本件考案の掛架装置2の窓側への取付方法、取付位置はなんら限定していないことが認められるだけではなく、ローラーを中間部材を介して首振り機構にすることは、成立に争いのない甲第五号証によつて認められる公知技術に基づき当業者がきわめて容易にできるものと考えられるから、イ号、ロ号物件の前記滑車取付も本件考案の技術的範囲内に属するものというべきである。

二  そうすると、控訴人らの本件控訴は理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 広岡保 井関正裕)

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